Kei takebuchi biography
竹渕慶
竹渕 慶(たけぶち けい、年7月11日[1] - )は、日本の女性シンガーソングライター。Goose houseの元メンバー。
略歴
[編集]年に、國本怜、千葉省吾、高藤颯、神林祥太と共にTetra+を結成し、CDのリリースやライブを敢行するも、年9月3日を以て無期限の活動休止となった。
年6月に、プロジェクトのために、d-iZe、神田莉緒香、関取花、齊藤ジョニー、K.K.(工藤秀平、木村正英)と共にシェアハウスに集められ、としての活動を開始。翌年、引き続きシンガーソングライターが集まる家Goose houseとして、メンバーチェンジ等繰り返しながらの音楽活動を続けた。
年8月に、自身が作った曲「舞花マイフラワー」を収録した『舞花〜my flower〜』で初の自主制作アルバムをリリースしソロデビューを果たすと、年3月5日にSony Music Records Inc.によりミニアルバム『KEI's 8』をリリースし、メジャーデビューを果たした。
年11月26日に、これまで所属していたGoose houseを巣立ち、ソロ活動に専念することを発表し、オフィシャルウェブサイト[2]、YouTubeチャンネルを開設した[3]。 12月25日、ソロ始動後初のYouTube Liveを行い、プロデューサーのYAMOが初登場。
年4月に、『ONE Map MUUUSIC COVER ALBUM』の参加クリエイターの1人に選ばれ「Dear friends」のカバーを担当することと同時にUUUMに加入することが正式発表された[4][5][6]。
年7月7日に、1stフルアルバム『Overtones』をリリースした[7]。
年3月に、自身初となる Billboard Liveツアーを大阪、東京で開催した[8]。
年9月30日、所属事務所であるUUUM株式会社との専属契約が満了したことを発表した。
人物
[編集]東京都[1]で生まれたが父親の仕事の関係で幼稚園の頃は名古屋に住んでいた。その後、東京に戻り小学校3年生の途中まで過ごす。小学校3年生から6年生までアメリカ合衆国に居住していた帰国子女である[9]。
アメリカ居住中にアメリカ同時多発テロ事件が発生し、自身が通う学校で事件後に「勇気」をテーマに曲を作ることになり、実際に自分で作詞作曲をし、コンテストに出したところ優勝を果たす。これが、竹渕の人生の中で初めて自分で作詞作曲をした曲であり、現在のシンガーソングライターとしてのルーツであると発言している[9]。帰国後、慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部に入学。中学時代に友人とバンドを組み、高校時代には軽音楽部に所属。いずれもボーカルを担当していた。当時憧れの先輩だった関取花の卒業記念に曲作りをすることになり、そのときに作った曲が「舞花〜my flower〜」である[9]。慶應義塾大学法学部政治学科を年3月に卒業。
自身が影響を受けた歌手として、宇多田ヒカル、セリーヌ・ディオン、椎名林檎、東京事変を挙げている。中でも宇多田は幼少期に父親が買ってきたアルバムを聴いたことにより幼いながらも強い衝撃を受け、歌手を目指すきっかけとなった人物である[9]。
ファンの総称は、OVERTONESである[要出典]。
ディスコグラフィ
[編集]→Tetra+、、Goose houseとしてのリリースは各項参照
シングル
[編集]発売日 | タイトル |
---|---|
年9月23日 | 舞花 〜my flower〜 |
年(ライブ会場限定販売) | In This Blanket -KEYNOTE Outing EDITION- |
年7月12日 | In This Blanket |
年12月25日 | Torch |
年3月21日 | Love |
年10月16日 | あなたへ |
年12月4日 | クリスマスの話 |
EP
[編集]発売日 | タイトル |
---|---|
年8月13日 | 24 Hours[10] |
年9月2日 | 1, TAKES |
年12月8日 | Songs take over You |
アルバム
[編集]参加作品
[編集]出典
[編集][脚注の使い方]